« 2011年5月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年6月

2011年6月23日 (木)

PCカバー

ノート型パソコンの埃よけの布。
201107151
やっとできあがりました。長くかかってしまった道中を振り返っても、もうぼんやりとしか思い出せません。

できあがってみると、雑に作った感じが目立って、あまり人に見られたくないような...。
几帳面でないところが、かえって昔のhedeboらしくて(??)いい、と思うことにします。
こう刺してしまったのだから、いまさら仕方ないことですし。
目の不ぞろいなことも、糸を引きすぎて縮んでしまうことも、どうしても急いで、そこしか見ないで作ってしまっているせいなんでしょう。もっとゆったり丁寧に作りたい、といつも思ってはいるのですが、実際には難しいことです。きれいに刺す人は、私からすると信じられないくらい慎重に1針1針の位置を決めながら刺していますが、性格上、とても真似できません。
それでもそれなりに楽しんでます。点数をつけない・他人と比較しない・その人なりでいいの、というデンマークで、とても自由な刺しゅうを習うことができたことを本当によかったと思っています。

中の布は、この布でよいかどうか(逆にホコリをよび寄せるような気がする)使ってみないとわからないので、簡単に取り外せるよう軽く縫い付けてます。
しばらくは試用期間中ということですが、実際には取り替えることもないでしょう。面倒ですから。
201107152  201107153 開けたままにしていることが多いので。

パソコンとかテレビとか電話とかエアコンとか、昨今の無機質で飾り気のない家電製品が部屋にあるのがイヤで、隠したくなります。機能の向上よりも、小さく小さく折りたためる、とか、不要な時には目に触れないようになってくれるといいんですけど。何もかも戸棚に押し込めたいです。普通の木造家屋の、普通の木製家具や布のカーテンとの調和をはかった外観・質感にならないものでしょうか、と内心ずっと思っているのですが、そういった方向にはなかなか向かわず、残念です。



201107154もともとの刺しゅうは、デンマークのゴースダルの家に飾ってある1846年のhedebo(よく見えませんが、右の写真)で、この図案はその一
部を借りました。実物は長さ1m程で、ぎっしりと模様が詰まっています。
とてもきれいに刺しゅうされた作品ですが、商品として作られたものではないのだろうと思います。当時のヘデボーの人々の暮し向きの豊
かさが伝わります。ゴースダル曰く、昔のユラン(ユトランド)半島の暮らしは貧しく、贅沢な白い刺しゅうは殆ど作られていなかった、とか。
どうしてこの布が遠くゴースダルの手元まで来たのか、いつか聞いてみたいと思っていますが、私にとって外国語はかくも難しく、ずっと無理かもしれません。手芸学校をお持ちでしたから、こういった昔の手仕事の価値がよくわからず保管に困った人達などから、いくつも寄贈されたようです。
今は、ゴースダル自身がこれらの行く末を心配されています。特にユランで生まれた作品のことは気がかりなようで、「コペンハーゲン界隈の博物館に引き受けてもらったら?」と言ったことがあるのですが、「ユランの物はユランに残したい」とのお返事でした。ユラン出身の彼女の強い郷土愛と誇りを感じます。

1830~1850年代というのは一番見事なhedeboが作られていた時(少なくとも昔のスカルスの学校の認識ではそのようだったと思います)で、これもそういったhedeboの1つ、と思います。
ほぼ同じ時期にudklips hedeboという作り方の若干異なる刺しゅうが登場し、そちらのほうがやや手軽で自在でデンマーク人の好みに合っていたのか、以後はudklips hedeboが圧倒的な支持を得てしまったようです。
どちらのhedeboも好きですが、こういったタイプのhedeboが早く廃れてしまったのは惜しいことです。
とらえ方は人それぞれですが、多様なhedeboの中でこれが一番hedeboらしいhedeboではないかしら、と私は思っています。

デンマークの刺しゅうは一見豪華な印象ではありますが、ちょっと図柄が変わっていて、私はもう少しわかりやすい、優雅な愛らしい図案のほうが好きなので、これを本当に良いものと感じて作っているわけではありません。なのに、どうして作っているのか、自分でも答えられないのでした。
hedeboという刺しゅうは
、私にとっては他の白い刺しゅうとは少し違い、大切な思い出につながっているものなので、ただそれだけで作り続けたいのかもしれません。

2011年6月 5日 (日)

カメラケース

カメラを入れる袋。
201106051

昔のイタリア刺しゅう・Reticellaに見られるようなヒトガタを作ってみよう、とふと思い立ちました。
イタリアの刺しゅうをどのように作るのか知らないのですが、こうい
ったものは台紙を使うのかな、と推測します。
でもそれは、私にとってはとても面倒なことなので、いつものごとくデンマーク・hedeboと同じ作り方で、かなり適当に作りました。2011060522_2
手持ちの本の中に参考になる写真が載っていたと思って探したのですが、あったのはボビンレースで作ったもので、針で作られたものはわずか(右の写真のみ)。
資料不足でした。
時代も国籍も不明なこの人、とりあえず女性像であるらしいということをわかっていただけるとよいのですが...?
イタリアの刺しゅうをなさる方から見れば、とても下手な作品でしょうけれど、私はこれで十分満足なのでした。
昔の作品は1マスをどのくらいの大きさで作っているのかわかりませんが、残した布糸の本数に比べて随分と大胆に糸を抜き出しているように見えます。
思い切って1マス2cm弱で作ってみましたが、それでも頭部が収まりきらず、はみ出てしまいました。

もう一方の面は「糸を紡ぐお猿さん(den spindende abe)」です。
201106054_2本によれば、北欧・オランダ・ドイツの刺しゅうサンプラーに見られる図案だそうです。猿ではなくて熊、という人もいるとか。
猿の一途な姿が愛らしかったので、ちょこっと刺してみたくなりました。
「このような風刺的な図案が1600年代には生まれていたのではないか」というような(? 違うかも)著者の解説がついてい
ましたので、なんとなく、反対面の“17世紀Reticellaもどき”と釣り合うかしら、という思いもありました。別に何の脈絡もない図案でもいいんですけど。
図案はあれど糸の色指定がなく、掲載写真も白黒で、色は想像するしかなくて、「黒い姿」という形容から適当に濃い色を選んだら、もともとの可愛らしさが消えてしまいました。小猿のつもりがゴリラになってしまった感じです。

あとで本をよく見ましたら、顔や掌に他の色も使っていて、もう少し猿らしく見えるよう、こまやかに表現すべきだったようです。
といって、既に一回ほどいて、その際に布も切ってしまったのを簡単に修復していますので、更にやり直すつもりもありません。


年初より手がけているヘデボー刺しゅうを仕立て上げなければならない段階に入り、歩みが格段に遅くなっています。
その途中の寄り道・息抜きでした。

« 2011年5月 | トップページ | 2011年8月 »